2021年12月16日
待降節第3木曜日
今日の朗読

(これを聞いた民は皆、徴税人たちも含め、ヨハネの洗礼を受けていたので、神の正しさを認めました。しかし、ファリサイ派の人々と律法の専門家たちは、ヨハネから洗礼を受けず、自分たちに対する神のご計画を退けました。) ルカ 7:29–30
信仰において成長するには、信仰をもって一歩を踏み出さなければなりません。これが今日の福音の教えなのかもしれません。そう言えるのは、信仰をもって一歩を踏み出し、ヨハネから洗礼を受けた人々が、「神の正しさを認め」たからです。一方、ヨハネの洗礼を受けることを拒んだ人々は、「自分たちに対する神のご計画を退け」たのです。
この同じ真理をわたしたち自身の生活に当てはめてみれば、さまざまな形で当てはまることに気づくはずです。まず、わたしたちはすでに洗礼を受けてキリストに結ばれていますから、文字どおりヨハネの洗礼を受けるよう招かれているのではありません。しかし、「ヨハネの洗礼」は、わたしたちの生活における聖霊からの最初の招きと捉えることもできます。
たとえば、神が「この本を読みなさい」と語りかけておられると感じながら、その促しを無視するなら、わたしたちは自分で気づいている以上に、自分の人生に対する神のご計画の多くを退けているのかもしれません。あるいは、あの人をゆるすこと、祈りの時間をもっと取ること、家族と過ごす時間を増やすことなどへ神が招いておられると感じ、それを実行するなら、それがわたしたちの生活に、さらに多くのすばらしい恵みへの扉を開くことに気づくかもしれません。
今日、神があなたに何を行うように、また何を神からのものとして受け入れるように招いておられるか、黙想してみてください。それが取るに足りないことに思えても、その最初の招きを退けず、むしろ心から受け入れてください。そうして受け入れる中で、思いもよらなかった形で神が豊かに祝福してくださることに気づくかもしれません。
主よ、日々の生活の中で、あなたの招きに応えて歩めるよう、わたしを助けてください。いつもあなたの聖なるみ旨を識別し、ためらうことなくそれを生きることができますように。イエスよ、わたしはあなたを信頼します。
待降節の大交唱(オー・アンティフォナ)
12月17–23日
上の注目画像:ジェームズ・ティシット作「イエスを試そうとやって来るファリサイ派とサドカイ派の人々」、Wikimedia Commons経由




